仲の悪い老犬のお世話が、フェレットを飼う条件でした。最期をみとったのは小3の娘

前回の記事で、娘が空手の大会で準優勝して「フェレットをいつでも飼える権利」を手に入れた話を書きました。

じつはこの約束には、前日談があります。

今日は、娘がフェレットを飼う条件として引き受けた、先住犬のお世話のことを書いておきたいと思います。

娘が生まれる前からいた、イタグレの女の子

わが家には、イタリアングレーハウンドの女の子がいました。

娘が生まれる6年前から、家にいた犬です。

この犬が大好きなのは、パパとママだけ。そんな感じのワンちゃんでした。

娘が2歳のころには、娘に向かって牙をむいている写真が残っているくらいです。かんだり、危ないことになったりはしなかったけれど、やきもちなのか、こわかったのか、ひとりじめしたかったのか。とにかく気持ちをストレートに出す子でした。

娘が少し大きくなって名前を呼んでも、うれしそうに寄っていくどころか、「ワン!」と怒って返す。全然喜ばない(笑)

そんな犬なので、娘も大きくなるにつれていろいろわかってきて、はっきり「きらい」という気持ちを持つようになりました。

ちなみに娘は申年。まさに犬猿の仲です(笑)

「もっとかわいいワンちゃんを飼いたい!」

もともと娘は、母性のつよい子です。「母性の行き場」を作ってあげたほうがいいかな、と思うくらい、何かを愛でたい気持ちがあるタイプ。

「もっとかわいいワンちゃんを飼いたい!」と言うようになって、犬の図鑑を読むようになりました。

これも、このブログで書いてきた読書感想文の流れがあったからだと思っています。本に前より親しみを持つようになって、図鑑もちょっと読めるようになったんです(笑)

犬の図鑑、買いました。『犬種図鑑350』です。

でも、わが家としては「犬はもういい……」

ただ、わが家としては、犬はもういい……という気持ちがありました。

うちの犬は、生後2か月くらいでわが家に来ました。事前に何か伝えられていたわけではないのですが、こちらへの執着の強さなどから、私と夫は「分離不安症」なのではないかと思っていました。

留守番がまったくできない。吠える、鳴く、血だらけになるまでケージをかじる、壊す。ペットホテルに預けても同じで、お迎えに行くとケガをしたふりまでしていました。

ずっと手がかかる子でした。車で待っていることもできないので、出かけるときに一緒に連れていくのも難しい。犬を飼いながらアクティブに動く大変さを、身にしみて感じていました。

「老後によっぽど余裕があったら、また飼おう」

それが夫婦の気持ちでした。

それに、子どもが1人で犬の世話をするのは難しいですよね。結局、親が見ることになるのが目に見えています。

パパの提案は「フェレットは?」

そんななか、パパが「フェレットは?」と言い出しました。

じつはわが家、この犬が来る1年くらい前から、フェレットも飼っていたことがあります。(フェレットとイタグレを一緒に飼っていました。)フェレットの飼いやすさも、かわいさも知っている。娘なら育てられるかもしれない、と思いました。

ただし、生き物です。おもちゃのように、そうやすやすとは与えられません。

そこでパパが出した課題が、これでした。

「(うちの犬の)トイレやご飯のお世話をしっかりできたら、考えてもいいよ」

娘からすると、ただでさえ大変なお世話なのに、相手は仲の悪い犬です。引き受けないかなと思いましたが、フェレット熱が高かったようで、やることになりました。

娘は小2。犬はもう14歳ごろだったと思います。

そこから、お世話は1年ほど続きました。

小2(~小3)の娘がしていたお世話

娘がしていたお世話は、この3つです。

  • 朝と晩のごはん
  • おしっこシートの交換
  • うんちの片づけ

うちの犬はトイレができるのですが、いつからか、さびしさや不満をトイレの失敗で伝えるようになっていました。寝床の前の廊下には、たびたびおしっこが。

その掃除も、わが家では「見つけた人がやる」ルールです。私が手伝う日もありましたが、娘もその「見つけた人」の1人に入っていました。

1年で変わった、娘と犬の関係

1年のお世話のあいだに、娘とうちの犬の関係は、少しずつ変わっていきました。

あんなにいがみ合っていた犬に、娘はやさしくするようになりました。そして犬のほうも、娘を求めるようになっていきました。

穏やかに、関係が変わっていったんです。

最後の朝、そばにいたのは娘でした

うちの犬が亡くなったのは、去年(2025年)の11月の朝でした。15歳でした。

1週間くらい前から急にやせて、4日ほど前からはごはんも水もほとんど欲しがらなくなりました。歩くとふらふらして、今にも転んでしまいそう。2日前には、ほとんど横になって過ごしていました。

水もまったく口にしてくれなくなって、「いよいよだ」と心の準備をしながら迎えた朝。

うちの犬が、少し声をあげました。

「どうした!?叫んだ!?呼んだ!?」

そんな気持ちで駆け寄って、家族4人で見守りました。息が細くなる。細くなるけれど、まだ続く。まだ様子見かなと思って、娘以外はそれぞれ朝の支度に戻りました。

娘はずっと、犬の隣でやさしく手を当てながら、様子を見ていました。

しばらくして、娘の声がしました。

「あ……?? ママ……」(声を震わせて)

駆け寄ると、犬は息を引き取っていました。

最後の瞬間、一緒にいたのは娘でした。

思い出した『わすれられないおくりもの』

そのとき、ふと頭に浮かんだ本があります。

『わすれられないおくりもの』。犬ではなく、アナグマが死ぬお話です。

私が大好きな本で、子どものころ、小学2年生と5年生のときにこの本で読書感想文を書いて、コンクールに応募しました。どちらも入賞していた気がします。

大人になってからも読みたくて買って、子どもたちが大きくなってから、そのままプレゼントしました。娘も読んだことがあって、しっかり覚えている絵本のようです。

死について、生きることについて、じっくり考えさせてくれる本だからでしょうか。私の中では、この朝と結びついています。

それから、もう1冊、『ずーっと ずっと だいすきだよ』も自然と思い出されました。

  • 『わすれられないおくりもの』スーザン・バーレイ 作・絵/小川仁央 訳/評論社
  • 『ずーっと ずっと だいすきだよ』ハンス・ウィルヘルム 作・絵/久山太市 訳/評論社

約束を果たした娘

仲の悪い犬のお世話を、最後まで続けたこと。そして、最期の瞬間にそばにいたこと。

思いがけず、2人が穏やかな時間を過ごせたことに私はとてもうれしい気持ちになりました。

約束を果たした娘ですが、フェレットは未だにお迎えしていません。
「フェレットを飼いたい」という気持ちはなくなってはいないと思いますが、先日の空手の大会のころまで1年近く、話題にあがることもほとんどありませんでした。

犬が亡くなって1年近く経ちますが、あれからさらに成長した娘。生き物を迎える精神的な成長は十分そうです。自分の時間の使い方や余力などともよくよく照らし合わせている様子です。

娘が本当に「お迎えしたい」というタイミングが来たら、きっとこのサイトにもフェレットの写真が載るのかなと思っています。

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